「まさおみくーん」
部屋に入ってきた彼女が真っ先に自分を呼んだので、将臣はなんとなく見ていたテレビから視線を移した。
「なんだ?」
「さむいよー」
「そうだな」
「今日、すっごく寒くない?」
「冬だしな」
「暖房つよくしていい?」
「俺が暑くなるだろ。もうちょい待てって」
「でも、外は雪ふってるよ。寒いよー」
「別に外が寒くても部屋ん中は……、おい?」
「さむいんだよー」
確かに普段から寒がりではあるけれど、雪の降っている外からエアコンの効いた室内に入ってきても寒い寒いと連呼する幼なじみに、将臣はつと眉根を寄せた。
ドアの所でコートに積もった雪を一生懸命に払っている彼女の方へ、すいと立っていく。
「おい、望美」
「へ?」
顔を上げた彼女の前髪を掻き上げて、そのおでこに自分の額を合わせる。
少し勢いがつきすぎたせいで、ごちっという鈍い音がして、至近距離の顔が一瞬ゆがんだ。
「まさおみくん。いたい」
「おまえ、熱あんぞ」
「え??」
「しかもけっこう高い、こりゃ寒いはずだ。早く布団に入れ」
「え、でも、うちで着替えてこなきゃ……」
「濡れてんのはコートだけだろ、そのままでいい」
問答無用でベッドに追いやられた彼女は、布団の中の暖かさを確認して文句を中止し、大人しくそこへもぐりこんだ。
今まで将臣が上に乗っていたベッドは人肌で心地良く、将臣の匂いがした。
「風邪薬と水、もってきてやるよ。ちゃんと寝てろ」
「んー」
そう言って将臣が出て行くのを見送り、ふうと息をつく。
寒いとは思っていたけれど、熱があるなんて思わなかった。でも、寒く感じるということはこれからまだ熱が上がっていくということで。
クリスマスが近いのに嫌だなあ、とぼうっと思いながら、彼女はふと部屋の隅のソファへ目をやり、それをしばし見つめてから思いついたように声をかけた。
「知盛」
「……………」
「知盛。寒い」
「……………」
「エアコンの温度上げて」
「……自分でやればいいだろう」
今まで存在感なしにそこに居た彼が、面倒そうに呟いた。
布団に横になったまま、彼女は唇をとがらせて言い募る。
「目の前にリモコンあるでしょ」
「……それで?」
「私は病人だよね」
「らしいな」
「病人には優しくするのがこの世界の決まりなの。はやくして」
「……………。」
やれやれと肩をすくめて、知盛はリモコンを手に取った。
無視しても良かったけれど、本当に具合が悪いらしい彼女は普段よりも気が短くなっているようだ。ここで怒らせたら、また彼女の保護者にごちゃごちゃ文句を言われてしまう。
嫌がらせのようにこれでもかと設定温度を上げる電子音に、その保護者の足音が重なって聞こえた。
「先輩っっ!大丈夫ですか!!」
バタン、とドアを突き破るように入ってきた譲は、勢い余ってよろけながらベッドの方へ近づく。
「あ、譲くん。お帰りなさい」
「大丈夫なんですか、熱は!?」
「ちょっとあるみたいだけど……だいじょうぶ」
「本当に!?」
「うん。ただの風邪だよ」
にこ、と笑うその顔は赤く、瞳は熱に潤んでいる。
彼女の額に手を当てて熱を測りかけた譲は、それを見て思わず手を引いた。
「それより、将臣くん見なかった?薬もってきてくれるって」
「……ああ、兄さんならもうすぐ来ると思います。救急箱に風邪薬が無くて、先輩のうちへ借りに行きましたから」
「あ、じゃあ、お母さんにも伝えてくれてるね」
「そう思いますよ。何か欲しいものとかありますか?」
「ううん、大丈夫。譲くん、私のことは気にしないで自分の部屋にいていいよ。カゼ移っちゃうし」
「先輩こそ、そんなこと気にしないで下さい。俺は今からおかゆを作りますから、食べてから薬を飲んでくださいね」
「ええ……、食欲ない……」
「駄目ですよ、ちゃんと食べないと体に良くありません。少しだけ待っていて下さい」
「むー」
話しながら布団を几帳面に直し、可愛らしくふくれる彼女に向かって微笑むと、譲は踵を返してドアに向かった。
部屋を出て行きかけたところで足を止め、隠しようもない厳しい視線をソファに向ける。
「おい。先輩は具合が悪いんだから、部屋から出ろよ」
「……ここは有川の部屋だろう?有川と神子殿がいいというなら、問題はないはずだがな」
「おまえがいると先輩が落ち着かないだろう!それから、ここは京じゃないんだから、先輩をその名で呼ぶな」
「なんと呼ぼうと俺の勝手だ……」
「なんだと!」
ドアから手を離して気色ばむ譲に向けて、知盛が馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
毎日繰り広げられている 一触即発の空気。それに慣れきっている彼女は、小さくあくびをしながら布団を被り直した。
「んー、別にいいよ〜譲くん」
「先輩!?」
「知盛がいると、色々してもらえて便利だし」
「で、でも」
「とりあえず、着替え取りに行ってきてくれる?私の部屋は知ってるよね」
「……ああ、よく知っている」
意味ありげにニヤリと笑った知盛は、絶句している譲に見せつけるように彼女の家の鍵をちらつかせた。
「病人に優しくするのが決まりなら、使われてやらんでもないさ大人しく俺の帰りを待っていろよ、望美」
「……!!!」
譲の表情が嫌悪から殺意に変わるのを楽しみつつ甘ったるい声を出した知盛に、『んー、早くねー』という半分眠った声が答えた。
END. |