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  愛しさと切なさと 2 

「だ、から……ホントなんです……ってば。
 本当にヴィクトールさまが、来て待ってろっておっしゃられて……」

もう何度目かの台詞を、少女は一生懸命涙をこらえながら話していた。

「では、あなたと閣下はどういうご関係で?どういうお知り合いなのですか」
「……………」

それを聞かれると、には答えようがない。
つい先頃まで行われていた女王試験において、彼女がその候補のひとりだということは、結果もあってか内密にするよう言われているからだ。

新しい宇宙は自ら発展を遂げ、自分の力で成体へと進まなければならない。
だが、一度女王を選んでしまったゆえに、自然と女王の資格を得た者に影響を受けてしまう。
つまるところ、少女を害せば新宇宙は崩壊の危機にさらされるのだった。

下っ端の警備兵とはいえ聖地の住人、試験の施行と候補の名前くらいは知っているかもしれず、ヴィクトールと知己になった経緯はおろか自分の名前すら説明することが出来ない。ましてや彼の立場を考えると“妻”などと言えるはずもなかった。
いや、言っても信じてもらえるかどうか……。

「閣下にご息女がおられるという話は耳にしませんし、第一、軍部へ民間人をお呼びになられるとは思えません。
 どう考えても、一個人のあなたと閣下をつなぐものはないように思えるのですが」
「…………っ」

その言葉にこらえきれず、はついに涙をあふれさせた。

つなぐものは、ない。やはり他人から見るとそう見えるのだ。
いくらヴィクトールが自分を愛してくれていても、自分が彼を好きでも、普通に見ればなんの接点もないのだ。
下士官からのたたきあげで将軍にまで昇進した、派遣軍の若き英雄。誰もがあこがれる不屈の精神の持ち主と、弱々しい自分では釣り合わないと言われた気がして、は涙を抑えることができなかった。
今まで自分が少しでも自信を持って話すことができたのは、候補に選ばれたためでも試験に勝ったためでもなく、ただ彼がいつも傍にいてくれたからだと。
そして彼の強さは愛情という形で自分をも強くしてくれると、彼女はいつも思っていた。
それなのに少し離れているとこんなにも簡単に揺れてしまう、それがには悔しかった。精神の教官が選んでくれた自分が恥ずかしい気がした。

「………ヴィクトー…ル、さまっ……」

心を鎮める呪文のように、はその名を呼んだ。

「ひとりに……しないで、……ヴィクトールさまぁ……っ」

きゅっと結んだ手の甲に、涙は流れとなって落ちてゆく。

「お、お嬢さん……」

警備兵が戸惑ったように呼びかけた。
もしかして本当なのかもしれない。彼がそう考えたとき、突然部屋のドアがぶち破られるように開いた。

っっ!」

叫んでどかどかと入ってきた人物は、邪魔な机を蹴倒して少女に駆け寄った。

「ヴィクトールさま!!」

泣き顔のまま、少女は彼に飛びついていく。
それをしっかりと抱き留め、ヴィクトールはその髪に顔を埋めた。
ちいさなの身体が、しゃくりあげるたびに大きく揺れる。

、大丈夫か。怪我などはないか?
 手も、足も、頭も、どこも痛いところはないのか?大丈夫か?」

こくこくと頷きながら、は彼にしがみついた。
わだかまっていた不安が、雪のようにとけていくのがわかる。
はあ、と安堵のため息をついて、ヴィクトールは少女の頭を優しく撫でた。何にも代えがたい宝物を愛しむように。


「……ヴ、……ヴィクトール……閣下!?」

腰が抜けたような兵士の囁きは、この際、ヴィクトールの怒りを喚起させるものでしかなかった。
少女に向ける表情とは別人のような形相で、ギラリと彼をにらむと、片手にを抱えたまま胸ぐらを掴む。

「ヴィクトールさま、だめっ……!」

が叫んだときには、兵士はすでにコンクリートの壁にたたきつけられていた。
うめき声が部屋に響く。

「貴様、俺の妻に……よくも………」

渦巻く感情が邪魔をして満足に口が回らない。

「ちがうの、ヴィクトールさま、ちがうの!」

完全に逆上している彼を、は必死で押し止めた。

「この人が悪いんじゃないのっ、私がうまく説明できなかったから……
 私がわるいの! 怒らないで、ヴィクトールさま!」
「おまえが?……だが、おまえは泣いているじゃないか。こいつに泣かされたんだろう、
 俺の妻を泣かせるとはいい度胸だ……」

怒りの陽炎を揺らめかせながら、ヴィクトールは今だ起きあがれない兵士の服を掴んで軽々と持ち上げた。

「ちがうの! 私…私を泣かせたのは、……ヴィクトールさまなんだから!」

少女の叫びに、再び拳を振るいかけた腕がぴたりと止まる。
は懸命にその腕を抑えながら、ぶんぶんと首を振った。

「……ヴィクトールさまが傍にいてくれなかったら、私、どうしたらいいのか分からなくて。
 もう二度と会えないんじゃないかなんて…思って。
 さみしくて、それで……泣き出しちゃっただけなの。ごめん、な、さい」

説明しているうちにまた涙を滲ませはじめた少女を、ヴィクトールはしばし見つめ、自己の葛藤を押し殺すと、相手から手を離した。
少女の抗弁が自分をなだめるためだけではなく、確かに真実の一端をついていることを察して。

「………分かった。、俺が悪かった」

すこしだけ面映ゆい微笑みを浮かべ、少女を抱きしめ直す。

「いつもいつも……おまえだけが、俺をこんな気持ちにさせるんだ。
 その瞳がいつどこで濡れているかと思うと、不安で何も手につかなくなる。
 おまえの傍でなければ、俺だって生きてはいけないよ、……」

頬を濡らす涙に口づけて、ヴィクトールは深く唇を重ねた。

 

◇     ◇     ◇

 

上官に遅れて入ってきたキールは、その場で全てを察したように頷き、茫然自失の兵士を伴って部屋を出た。
我に返って表情を強張らせる彼に、厳しく言い渡す。

「……さて。閣下のご気分はおさまられたようだが、将軍閣下の細君を不当に扱ったとなればただですむとは思っていないだろうね?
 官舎にて謹慎しておけ処分は追って通知する」

もっとも、せいぜい減棒と謹慎程度だろうけどね……。

我が主君は奥様にお弱くていらっしゃるから、と口の中で呟いて、キールはうなだれて去っていく兵士を見送った。

FIN.

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