「愛している……」
そう囁かれたとき、の心にかすかなさざめきが起こった。
自分が自分でないようで、口唇に触れるぬくもりさえ現実とは思えない。
私もです、と思いきり叫びたい気持ちと、静かに余韻を確かめたい気持ちが少女をさいなみ、広がり、その瞳を潤ませた。
愛してる、なんて。言ってもらえるはずのない言葉だったのに。
女王候補として聖地に召喚されることを知らされたとき、が最初に見たのは気遣わしげな両親の顔だった。
使者の前ではばかることなく『行きたくないなら行かなくていい』と言った父親を、彼女は一生忘れない。
勅命を受けると決めた自分に、自らの感情を抑えて『行ってらっしゃい』と笑ってくれた母親を。
ふたりに恥ずかしくない自分でいるために、できる限りの努力と成果を見せなくては。そう思いつめ、他の何も考えずやみくもに突っ走っていた少女を、いさめたのは教官たる彼だった。
「おまえはまず、おまえで在らねばならない」
ヴィクトールはそう言い、諭すようにを見つめた。
「状況が変わったからといって自分の方を変えてしまうようなことはするな。
自分に自信を持て。選ばれたのはおまえ自身なんだ」
琥珀色の瞳が、真剣に少女を捕らえる。厳しく、しかし暖かな声が、少女の不安を包んでゆく。
「で……でも、私にはできません」
あえてその暖かさに身をまかせず、は首を振った。
「私には…できません。たったひとりで聖地へ来て、誰も頼れる人もいなくて。
私が私のままだったら、そんなのきっと耐えられない……」
震える掌を握りしめながら告げた言葉の答えは、不器用そうな笑顔だった。
「おまえはひとりじゃない」
大きな手が、視線をさえぎるように頭に置かれる。
「俺がいつも傍にいて、おまえを守ってやる。
どんな時でも、どこにいても、おまえが心を偽らなくてすむように……」
その瞬間、は心の翼がはばたくのを感じた。
他の人の励ましと変わらない言葉が、何故かくすぐったくて切なかった。
彼にとっては特別な意味はないのだ、きっと。……でも、勝手に好きでいるだけでもいい。
内気な彼女には、ヴィクトールが笑って話を聞いてくれるだけで嬉しかった。
たとえ、女王候補としてしか見てもらえなくても。
ぱさり、という軽い音が彼女の心を引き戻したとき、の手は彼の上着ではなく柔らかいシャツに触れていた。
同時に、制服のリボンがするりとほどかれる。
「……怖いか……?」
浮かぶ涙を見て思ったのだろう、おそるおそるの問いに、彼女は少し笑って首を振った。
怖くも嫌でもなかった。自分でも驚くほど落ち着いているのが判る。
少女が今こうしていることは、自分が望んだ一番の「倖せ」なのだ。どこに恐れる理由があるだろう。
うすく目を開け、は吐息が風を生む距離にある瞳を見返した。
彼の肩に手をやる。下はこんな服なんだ、そういえば見たことなかったなとのんきに考える。ふだんは後ろへ流している髪が、意外に猫っ毛だったことに気付く。さらさらと髪を梳く。
……しかし、服のボタンを外したヴィクトールの指が首筋にふれると、雲の上にいた意識が急にはっきりとしはじめた。
恐怖ではなく、恥ずかしさが頭をめぐる。
つっと肩を滑るように襟が開かれ、白い肌があらわになった瞬間、は思わずヴィクトールの手を止めていた。
戸惑ってゆらめいた瞳が、少女を覗き込んで固定する。小刻みに震える薔薇色の頬にヴィクトールは一瞬迷い、それから少女の手を握り返して囁いた。
「……大丈夫だ、。俺の手を握っていろ」
きゅっと繋がれた掌がシーツの海に落ちる。は片手を口元に当て、指を噛んだ。
唇が、確かめるように動いてゆく。
「ヴ…ィ………ール……ま………」
とぎれとぎれの声が、無意識につむがれる。
ぞくぞくと鳥肌に似た感覚が背筋を走り、少女は一心に彼の名を呼び続けた。
せつなげにしかめられた表情が、相手以上に自分を追いつめてしまう。口を塞いでも止められない甘やかな吐息。
まだ未熟な、しかしそれ故に扇情的な姿態をさらして少女が声を高めたとき、空いた手がもう片方と同じようにベッドに押しつけられた。
「…………っ……あ!」
びくん、と大きく体を仰け反らせて、は目を見開いた。
単なる痛みや苦しみとは違う、我慢できない衝撃が急速に高まっていく。
熱いうねりが何度も閃く。は息をつく暇もなくかすれた声を上げ、自らの抵抗が形になる前に奔流に身を任せた。
背中に立てられた爪の疼痛に顔をしかめながら、ヴィクトールはいたわしい視線を少女に向けた。
「……おまえを…壊してしまいそうだ……」
せわしい呼吸の合間に囁かれる言葉さえ、もう少女の耳には届かない。
「ひ…っ……あ……や…ぁ、……ヴィ……!」
思い描いていた羞恥心や苦痛を感じる余裕もなく、は空白の世界へいざなわれていった。
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