MOON-Light　

それは、月の輝く蒼い夜。
人も草木も寝静まった静寂の中で、彼はふと、ひとり目を覚ました。

「……んんー……なんや、こんな時間か。
　おっかしな時に目ぇさめてしもたなぁ……」

傍の少女の睡眠を邪魔しないように小声で呟きながら、目の冴えてしまった青年はむくりと体を起こす。

「ふ、ああああ。こんな時間に起きてもしゃあないわ……やってまだ寝とんのに」

自分に愚痴をこぼしながら、青年は無意識に傍らの少女を見た。
すーすーとかすかな寝息をたてて、少女はぐっすりと眠っている。
そのとき、何気なく目を落とした青年は、横を向いた少女のパジャマの胸ボタンが外れているのを見つけた。
どうやら、寝返りを打った拍子にでも外れてしまったらしい。ツーカラーの衿が浮き上がって、下から白い肌が覗いている。
うっ、と青年は息をのんだ。わざと見たわけではなく、もちろん自分が外したわけでもないのだが、少女が眠っていることもあって妙な罪悪感に苛まれる。

「やば……変なことにならんうちにはよ寝よ」

急いで布団をかぶり、青年は強引に眠ろうとした。
だが、どうにも気になって眠れるものではない。

（……って、寝るとき下なんも着んのか……）
（そういえば着込むの嫌いって言いよった…っけ？）
（せやけど、明日起きてボタン外れとったら誤解されんやろか）
（２、３コ外れとったし……起きあがったら、モロに見えるできっと）
（まあ、誰もここには入ってこんからええか）
（明日はより早う起きんほうがええな……）

「………ちょっと待て」

声に出してそう言い、青年は再び起きあがった。

「ここには誰も入ってこんけど、もし、もしもいま火事とか地震が起こったらどーするんや。
　そのまま外へ出るかもしれんやろ、そしたら他の奴に見られたり……」

自分で呟いたことに、自分で顔をしかめる。
もっとも、彼の不愉快さの原因は「他の奴に見られる」ということよりも「が恥ずかしい」という観点なのだが、ともあれ彼はいつものように思考を妙に発展させ、うーんと考え込んだ。

「……せやけど、ボタン留め直すっちゅーてもなぁ……」

そんな時にもしが起きでもしたら、弁解の余地なしである。
彼女が怒り狂うとは思わないが、お互い気まずくなるのは明白で。
青年は途方に暮れてしばらく黙り、それからおもむろにため息をついた。

「しゃーない……が寝てる間にさっさと留めてしまお」

どうにか決心をつけ、青年はまともに見ないように横目を使いながら、そうっと少女の胸元に手を伸ばした。
だが、パジャマはよれて重なっているので、どのボタンがどこの穴に嵌まるのか分からない。彼は布団を少しだけ剥いで慎重に布の長さを測り、少女の体に触れないようにそろそろとパジャマを合わせた。
途端、の寝息がやみ、指がぴくりと動いた。

「！っ……っ」

電光石火の速さでしかもベッドに衝撃を与えず、青年はばばっと反対方向をむいて横になった。（笑）
心臓がどくどくと悲鳴をあげている。手が震えるのを必死で押さえ、じっと耳をすますが、それ以上が動く気配はしない。
かなり時間が経ってから青年はやっと身を起こし、少女が寝ているのを確認してから大きく息をついた。

「あー……ほんっまにびっくりした。心臓に悪いわ、はよやってしまわんと」

怖じ気づいた頭を、もしもの時でも彼女は低血圧だからごまかせる！と無理に言い聞かせてまた手を伸ばす。
しかし慎重に衿を合わせてボタンを留めようとした瞬間、再び少女の身体が動き、彼の手を胸の下に敷く形で半転した。

「〜〜〜〜〜！」

青年は目を見開いて硬直した。マシュマロのような柔らかい感触が、てのひら一杯に満ちあふれる。
やばい。やばすぎる。少しでも手を動かせば、少女は起きてしまうだろう。
しかし、こんな状態のままでいたら、自制心の方が危うくなりそうである。

彼がに手を出さないのは、いまだ正式ではない二人の仲と少女の心情を汲んでのことであって、彼自身が望んでいることではない。
少女のためと思えば自制するなど容易いことだが、それでも愛する者の体に触れて何も感じないわけではなかった。
見た目よりもえらいボリュームあるんやな、と考えかけて、青年は顔を赤らめてそれをやめた。

どうにかして手を外さなければならない……だがどうやって？

悩んだあげく、コンマ何ミリの気持ちで手をずらそうと試みる。が、少女の身体は完全に上にのしかかっている。
そして悪戦苦闘すること十数分。ようやく手の半分が自由になった時、ふと、指先が薄布越しに他とは違う感触をとらえた。

「？ ……………！！」

不思議そうに首を傾げた青年は、すぐになにかに思い当たったようにあわてふためき、思わず手を強く引いてしまった。

「……ん……？」

今度こそ、の瞳が開いた。

「！！！」
「……？」

隠れる間もなく目があった青年は、彼女の胸元に手を伸ばしたまま動けない。
ばか！えっち！サイテー！……などなどのあらぬ台詞が、ぐるぐるぐると頭をよぎっていく。

「あ、あ、あ……、これはその、違うんやって！
　別にそんな、ホンマ違うんやって……俺は別に……なんも……そのっ」
「…………？」

しどろもどろに弁解する青年をぼうっと眺めていたは、ふと胸元に当てられた手を見おろし、それを強引に引き剥がした。

「……ご、め…っ」

そして、思わず謝りかけた彼を無視してその手を抱きかかえると、そのままぱったりベッドに倒れ込み、また眠りへと戻っていった。

「…………？」

何度呼びかけても返事はない。青年はようやく安堵の息をついた。

「なんや……寝ぼけとっただけか」

安心したのも束の間、この状態でどうやってボタンを嵌めるか。
新たな問題が、彼の前に立ちはだかっていた。


そして次の日の朝、は疲労しきっている彼の腕を抱いたまま目覚めた。
彼の苦労の代償は、それに気づいて赤面した少女の愛らしい表情であった。

ＦＩＮ．