「やっぱり……一緒に行ったらよかったんや。そしたらにつらい思いさすことなかったのに。
どうでもええことを優先したばっかりに……」
雨のそぼ降るレールウェイの駅で、青年は独り言葉をもらしていた。
「だいたい女王さんも女王さんや!試験協力の礼なんて言うて、なんで俺がわざわざ出向かなあかんねん!!
よりによってと出かける日にッ」
矛先が女王に向かいかけたとき、車両が駅に到着した。
心ない誹謀を中断して、一心に下車口を注視する。
しかし、彼の待ち望む人は、その便にも乗ってはいなかった。ため息をつき、再び壁にもたれかかる。
「…どうしたかなぁ。用事はすぐやからついでに買い物してくるって言うとったな……どこまで行ったんやろ?
やっぱり誰かついて行かすべきやったかなぁ……」
自分が行けなくなったと判った時、青年は最初ボディガードの中から何人かを付き添わせるつもりだった。
普段は社内警護くらいしか仕事のない彼らを本来の任務に就かせようとして、しかし、ふと引っかかったのだ。
「俺が行けへんのに、なんで他の奴をと歩かせなあかんねん!」
……結局、の望みもあって彼女はひとりで出かけて行ったのだが、そこへこの雨である。
自分の勝手な嫉妬心がを冷たい雨に濡らしているかと思うと気が気でなく、青年は速攻で最寄りの駅へ駆けつけた、という訳だ。
「、濡れてへんかなぁ。俺のこと怒っとんとちゃうやろか。
よけいな時にまとわりつくくせに、肝心なときはコレやから……」
ひとりごとのトーンがどんどん暗くなって、青年は叱られた仔犬さながらに頭を垂れた。
「…………」
何十回目かのその名を呟いた彼の前に、また、新しい便が現われる。
少し気のなさそうに、だがやっぱり期待して目を向けた彼は、人混みの中に彼女の姿を見つけて躍り上がった。(笑)
「っ!!」
叫ぶや否や、一目散に改札へダッシュする。
改札を抜けた彼女が、青年に気づいた瞬間
「ぅわっ!!!」
ずるびたばしゃーーんっ、とド派手な音を立てて、青年の身体がすっ転んだ。
「きゃーっ、 あなた!!」
あわてて、が駆け寄る。水たまりへモロにつっこんだ彼は、顔を押さえながらかろうじて上体を起こすと、心配そうに覗き込むへ開口一番こう言った。
「、大丈夫やったか!??」
「…………………」
の表情が呆気に取られる。この場合どうみても、そう訊かれるべきは彼の方であった。
「だ、大丈夫…って……?」
意味が判らないまま無意識にハンカチを取り出す手を握って、
「俺のせーで雨に濡らさしてしもてごめんな。俺がつまらん用事に行かんかったら、を雨ん中一人で歩かせんですんだのに。
けど、けど、俺やってホンマはと行きたかったんや。ホンマやで!!」
ひたむきな瞳をして力説するのを聞いて、は思わずくすっと微笑んだ。
「それで、急いでむかえにきてくれたの? ……嬉しい」
「……へ?」
「ありがと、迎えに来てくれて。すっごくうれしい!!」
言い聞かせるようにくり返される言葉。手放しの、青年の大好きなの笑顔。
それを認識したとたん、さっきまで渦巻いていた不安や憂いがきれいに消え去り、青年の心に五月晴れの空に似た幸福感が満たされた。
「………そ、か。うれしーか。そーか。……ほな家へ帰ろか?」
「うん! ……あ。やっぱりダメ!」
「?? なんで?」
不思議そうな青年の瞳に、とびきりの笑みが飛び込んでくる。
「今日はおうちに帰るんじゃなくて、おうちまでデートしていくの」
きゅっとが腕を組んだが、台詞の時点で感極まっていた彼にそれがわかったかどうか。
ともあれ、相手にベタ惚れなのは、彼らの内の片方だけではないようだった。
FIN.
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