「〜 お茶でも飲めへんかー?」
陽気な…というより幼児のような甘えた商業惑星語(関西弁)が、全く似つかわしくないしゃれたオフィスに響いた。
またか、と言いたげな秘書を横目に、は声の主を見やる。
「……30分前に休憩したばかりですから、社長。」
困ったような微笑みを浮かべていさめる彼女に、“社長”と呼ばれた青年はぶんぶんと頭を振った。
「あかんあかん! そんなん許さへんで、ちゃあんといつもみたくあ、な、た て呼んでくれな(でれでれ)。
んー? ほれほれ、ゆーてみ?」
臆面もないセリフに、は顔を赤らめた。
「そ、そんな……社長は社長ですっ、お仕事中なんですから!早く執務に戻って……」
「いややいややー、俺はとお茶したいんや! 仕事ゆーても、は俺の補佐するんが仕事やろ。
やったら息抜きの相手も立派な仕事やんか。な?な?」
必死で抗弁する瞳にふざけた色はなかったが、隣で聞いていた秘書は肩を震わせながら『お客様を案内して参ります』とオフィスを出ていってしまった。
「……ほれ見い。ヤツも気ぃきかしてくれたやんか」
「もう! どぉしてそうなんですかっ、こんなんじゃ仕事にならないっていつも言って」
「そこや!」
は半ば本気で声を荒げかけたが、青年は我が意を得たり、とばかりにぴっと指を立てた。
「仕事にならんからあかん、ゆーのはつまり、仕事がなかったらええ言うことやろ。せやから……」
その頬に会心の笑みが浮かぶ。は首を傾げ、いぶかしげに彼の指す方向を見、そしてがっくりとうなだれた。
そこに積まれていたのは、決裁済みの書類の山、山、山。
ゆうに3日分はあろうかという量を背に、青年は得意満面に胸を張っている。
もしかして……1週間前から社員たちに残業させてたのは……。
未処理の書類を埋めてしまうためだったのか、と、は今更に気付いた。
全く、こんなわがままが社長でよく会社が保っているものだ。
「自分の勝手で社員に無理させたんですね。そんなことしていいと……」
「ちゃんと俺が頼んだんやで。やった日数分有給ふやしたるゆうたら喜んでた」
「………………。」
は机に手をつき、額を押さえた。
お茶飲むためだけによくも……。
「……もう。言い出したらきかないんだから」
怒鳴られるよりもむしろそんなふうにため息をつかれる方が、彼にとってはこたえるのかもしれない。青年はとたんに余裕の表情を引っ込めた。
「……せやかて……仕事せんかったらが怒るし、かといってダラダラやっとったらちーっとも一緒におれんのやもん。
がいつも笑顔でいるために何でもする言うたやろ? 俺はの笑っとる顔が見たいんや。
仕事でむつかしーカオしとる見ると、笑わせとうなる。他の何もかもがどうでもよくなって、ただただがしあわせやったらええなーって……思ってしまうんや」
囁く瞳の真剣さに、の胸が高鳴る。そうだ。このひとはこういう人だった、女王試験が行われていたあの頃も。
ひたすら真摯で、ひたむきで、純粋なひとだった。不真面目な言葉のうらに真実を隠してしまうような……。
「……私は、あなたと夢を共有したくて進んで働いてるんですから。私の夢を邪魔されては困ります」
火照る顔を隠して背を向け、は怒ったように呟いた。
ふわり、と、その身体が抱きすくめられる。
「わかっとる。俺はが好きやから、の願いが俺の願いや。
せやから、……俺のことずっと好きでいといてな?」
聞こえてしまいそうなほど鼓動が大きくなり、二人だけの時間が止まる。
青年はの髪に顔を近づけ、そっとキスをした。
「……んー、のにおいがする」
そう言った彼はすでに、平素の彼であった。
はあわてて口を開いた。
「し、しょーがないなぁ。じゃあ30分だけですよ、それが終わったら新製品の企画書に目を通して下さいね」
「えぇーーーっ!!? たった30分て、そんなん……」
大いに不満げな彼の腕の中で振り返って、彼女は抗議の声を封じた。
「ただし、ふたりきりで。食品製造部からの新製品の試食、きょう一日かけてやりましょ?」
「え?」
一瞬ほうけた瞳が、の笑顔に呼応してほころぶ。
「……よっしゃあ! 茶菓子の10ダースでも食ったろやないか、さー社長室へ行くでー」
ふたりの倖せは、まだ始まったばかりである。
FIN.
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