「未来の女王を陵辱するなんて、死刑確実かな」
目を覚ました少女が初めに聞いたのは、そんな他人事のような呟きだった。
自分がどこにいるのか把握できず、無意識に顔を向ける。
「……セイラン…さま……?」
か細い声で呼ぶと、彼は振り向いてベッドに近づき、少女の前髪をさらりと流して微笑んだ。
「よく眠ってたね。気分はどう?」
「はぁ……私、どうし……」
答えかけてはっと口をつぐむ。一気にあふれてくる記憶を裏付けるように、体の芯がずきんと痛んだ。
「……思い出した?僕に何をされたか」
その台詞は、いつものように冷めたものだった。
「僕は君を押さえつけて、無理矢理犯した。神聖な女王候補をね」
「ど…どうして……」
には、それしか言葉が見つからなかった。
セイランはほんの一瞬苦しげな表情を見せると、皮肉に笑った。
「別に理由なんてないよ。僕は元々こういう人間なのさ」
「うそ!」
間髪を入れない少女の反駁に、意外げな顔をする。
「……君もつくづくおかしな子だね。あんな事をされておいて、まだ僕の肩を持つなんて」
「だ、だって」
自らの言葉に顔を赤らめながら、それでも撤回しようとはしない。
「セイラン様は……違うもの。理由もなくそんなことをする人じゃないもの、私がっ……!」
好きになった人だから、と続けようとして、は大きく目を見開いた。
好きだよ、
確かにあのとき、そう聞こえた。直前まで自分を蔑んでいた声でひとこと、消え入るように儚い呟きを。
「セイラン様………私のこと、好き…なんですか?」
思わず言ってから、ハッと気付いて身を固くする。
「」
しかし。セイランは少女の予想を裏切って目を丸くし、絶句した。
てっきり冷たい嘲りの反応が返ってくると思ったも、驚いたのは同じである。慌ててごまかそうとするが、うまく言葉が出てこない。
「あのっ……だって、セイラン様……その、あのとき……」
「……言ってない」
唐突に、セイランが口を開く。
「え?」
「言ってないからね、好きだなんて! 君の聞き違いだよっ」
薄暗い部屋でもはっきりとわかる、子供のようにムキになった真っ赤な顔。
は呆気にとられ、それから思わず顔をくずした。
「セ、セイラン様……私まだ、なんにも言ってないですよ?」
「うっ、うるさいな!馬鹿みたいに笑ってるんじゃないよ、また乱暴されたいのかっ?」
いくらすごんでも、少女にはもう照れ隠しにしか思えない。
くすくすくす、と笑いながら、は涙の痕を拭った。
「嫉妬して頂いたのは嬉しいですけど、私、あの方には何もされていません」
「………?」
いぶかしげな瞳を見返し、息をつく。
「昨夜は、確かにあの方と庭園へ行って……人が来たので、茂みの中へ隠れたんです。
そうしたら、私のことをずっと好きだったとおっしゃって……」
ふるっと震えて、は頭を振った。
「ごめんなさいと答えたら、何故受け入れられないのかと。……それで、その、押し倒され…て。
つい言っちゃったんです、『セイラン様が好きなんです』って」
その時の相手のショックは、セイランにも容易に想像できた。決死の覚悟で告白したのに、彼女が口にしたのは他人への思慕だったのだ。
では、わざわざ誤解するようなことを言いに来たのはそのせいなのだろうか。
「………、じゃあ……!」
ふと気づき、愕然とする。はくすっと微笑って首を傾げた。
「あんなことをしたのは、セイラン様だけです。
でも、責任を取ってくれなんて言いません。このまま試験を続けられるし、なにもなかったように振る舞えます。
あなたが私を嫌いではなかっただけで私は十分です。私は大丈夫ですから」
動揺を外に見せない気丈な少女の表情を、刹那、セイランは絵に描きたいと切実に思った。
「……それは、困るね」
つかつかと歩み寄り、少女の体を隠すシーツを奪い取る。
「君には、僕の専属のモデルになってもらうよ。僕が君の全てを表現するまで、他人の目を奪うことは許さない。……もっとも」
セイランはの肩をゆっくりベッドに押しつけ、挑戦的に瞳をきらめかせた。
「君に創作意欲を失くすなんて、あるとは思えないけど」
藍色の輝きが、少女の上に幾筋も散っていった。
FIN.
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