『大丈夫です。私は、……大丈夫ですから』
その言葉は、嘘ではないにしても虚勢でしかなかった。
正直、笑顔でいなければならない事が辛かった。このまま泣き崩れてしまえたら、と心の底から思った。
我慢できたのはきっと、それでもあの人のことが好きだったから。
私のことを、『良い女王になるだろう』と言ってくれた。
私の名を呼んで、『ありがとう』と言ってくれた。
大丈夫。今すぐには無理だけれど、あの人とあの人の“”を祝福できる日が必ず来るわ。
……今…すぐには、……無理だけれど……。
◇ ◇ ◇
かたん、と小さな音がした。
気怠げに振り向いた私の目に、誰かがぼんやりと映る。
「………誰……」
「………………あー、……」
そのひとは、困ったような顔をして口ごもった。
「………ルヴァ、様…?」
ドアの側に、地の守護聖さまの姿がだんだんはっきり見えてくるにつれ、私の意識は戻り始めた。
「……なにか……御用、でしょうか?」
「あ、い、いいえ。そういうわけではないんですが、……その……」
おどおどしながら近づいてくる彼の言いたいことは、すぐに理解できた。
「……ありがとうございます、私を慰めに来てくれたんですね…?
でも、心配しないでください。……こうなることはわかってたんです。ちゃんと覚悟してましたから」
あの人は、誰か他の人を好きなんだって、ほんとははじめからわかってた。
いつも無気力で冷めた瞳に、私を見るときだけ宿る生気。最初は、もしかしたら私のことを好ましく思っててくださるんじゃないだろうかって期待して、何度も眠れない夜を過ごした。
……だけど。あの人は、私を名前で呼んではくれなかった。私を見るたびに、私のどこかの何かを追ってるのが痛いほどわかった。
私ではない、誰かを私の中に見ている。
それに気づいた時、私はとっさに思ってしまったの、……身代わりでもいいからあの人の傍にいたいって。
元気で明るくて、側にいるだけで何もかもすべてをわかってあげられる、天使のように優しい人に違いないその面影に、少しでも近づけるように。
そればかりを考えて日々を過ごした。
でも、あの人が振り向いてくれないことを女王候補の所為にして訊ねた私の問いに、ルヴァ様は優しく答えてくださった。
『あなたはあなたのままで、思った通りに生きればいいんですよ』
私ははっとした。浅ましい考えを見透かされたようで、恥ずかしかった。
私は、私の思ったように生きれば、いい。
「……そうですね。あの人の相手になれなかったのは、私自身の器量です。私が私らしく在ったんですもの、間違ってなんかいません」
「……」
その言葉にルヴァ様は一瞬目を見張って、それから穏やかに微笑んだ。
「ええ。それにあなたは、迷っていたクラヴィスの背中を押した。あなたの言葉があのクラヴィスの心を動かし、支え、励ましたのです。
……よく頑張りましたね、」
そう言って置かれたルヴァ様の掌は暖かく、泣きはらした瞳を再び潤ませるのに充分だった。
「………っ……」
俯いた私を、ルヴァ様の両手が包み込んでくれる。
「……ほんとは…本当は私……いい子になんかなりたくなかったっ……!
間違っててもいい、卑怯でもかまわ…な……」
「…ええ」
「あのひとの……傍に、いられるなら…っ………」
「ええ。わかってますよ、。あなたはとても強い子です。
でも、どんなに気丈な人間でも、泣きたい時は泣いていいんです。私でよければずっと傍にいますから……」
ルヴァ様の声は優しく、心地よかった。
「気丈な笑顔も、幼子のような泣き顔も、どちらも本当のあなたです。
私は…そんなあなたが、大好きですよ。………」
頬を伝った涙が少しずつ冷えていくのを感じながら、いつか私はこのひとを好きになるかもしれない、と。……そう思った。
FIN.
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