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 LOVE LOVE LOVE 

かたん、とグラスの氷が揺れた。
薄暗い部屋の中。傍らで寝息をたてる少女。
それを飽くことなく眺めながら、青年はしっとりとした微笑みを浮かべた。

「…………」

このまま夜明けまで見つめていてもいいのだが、ともに夜を過ごすのも悪くない。特に、今宵は美しい満月である。



耳元で囁くと、くすぐったそうに身をすくめた少女が、寝ぼけ眼のまま顔をあげた。

「…………クラヴィス…様……」
「今宵の月は見事だぞ。見てみるがいい」
「………月………?」

すると、呆けていた瞳がしだいにはっきりと輝きはじめ、はがばっと身を起こした。

「月!?きゃ、もう夜じゃないですか! 私、眠っちゃったんですねっ」

静寂をぶちこわす元気な声で叫び、突っ伏していた机から立ち上がる。

「ごめんなさいクラヴィス様、お話の途中で……昨日あんまり寝てなくてっ」
「……いや……いい」

多少疲れを感じながら呟き、彼は少女に柔らかな笑みを向けた。

「それより、今夜はもう遅い。いまから帰っていたのでは辛かろう……今日は泊まって行け」

その言葉にまじまじと青年を見たは、しかし、彼の期待とは正反対の答えを返した。

「いえ、早く寮に帰らないとロザリアに怒られちゃいますから!」

ぱたぱたと急いで帰り支度をする彼女を、クラヴィスは苦渋に満ちた表情で見つめていた。


そもそも、彼とが恋人同士であることは、既に公然の秘密となっているのだ。
いつも自分を気遣ってくれたルヴァはもとより、もう一人の女王候補、ひいては他の守護聖信じがたい事にあのジュリアスさえ二人の仲を認めてくれているらしい。
……らしい、というのは、少女がクラヴィスに内緒でその許しを得たからで、それを彼女は『あなたのお誕生日に』と言ってのけた。
そのためだけに奔走してひとりで許しを得たのだと。
それを知った彼は己の不甲斐なさを呪ったが、少女にしてみれば自分のためにやったことだった。
愛している人に、愛していると言えない苦しみ。それは、誰を説得することよりも耐え難い苦難だったから。
『私はあなたに縛られたいんです』と嬉しそうに笑ったを、クラヴィスはこの上なく愛しく思い、永遠に共に生きることを誓った。

だが、現実はそう甘くはなかった。
二人の関係を許した周囲が、その代わりに課した条件は、彼の誓いを妨げるものだったのである。
『ロザリアが女王となるために表向き必要な条件、つまり中央の島に到達するまでは、今までの立場を守ること』要するに、彼らは相変わらず女王候補と守護聖のままなのだった。

その点を考えると、以前の方がましだったかもしれないとクラヴィスは思う。
こっそり屋敷へ招いて夕食を共にし、そのあと朝まで語り明かすことも少なくなかった。眠そうな目をこすりつつ、楽しそうに話を弾ませていた少女。
それが今では、毎日きちんと帰宅して補佐官になるための勉強にいそしんでいるという。
それらが全て、自分とふたりで生きていくためなのだということはわかる。
わかるがしかし、未来を共にするのと同様に、今をも共有したい心情を隠せないクラヴィスだった。

 

◇     ◇     ◇

 

「………1日くらい、構わないのではないか?
 私のためにいつも忙しそうにしているおまえに、闇の安らぎを与えよう」

未練がましくそう言うと、は手を止めてクラヴィスを見た。

「ありがとうございます、でも……」

らしくなく口ごもる。
彼女には青年の想いが理解できたし、それは心地よいものだった。
そういう彼を、好きになった自分なのだから。

「……でも。一度そうしてしまったら、そのまま続けちゃいそうだから」

振り切るように頭を振る。

「自分を抑える自信がないんです。クラヴィス様と会えるだけでも倖せなのに、もっともっと一緒にいたいって思ってしまうから。
 そうなったら、非難されるのは私だけではないでしょう」
「……

懸命に笑おうとする少女を見つめ、彼は言葉を失った。
素直に自分の感情に従わないのは、なにより相手の立場を思ってのこと。
そんなことくらい分かっていたはずなのに。

しばらく沈黙が続く。がたまりかねて部屋を辞そうとした時、クラヴィスはふいに可笑しそうな笑い声をあげた。

「ふふ、おまえは強情だな、。ではいいことを教えよう。
 今日が何の日か知っているか?」
「え?」

いぶかしげな少女に、なおも笑いながら言葉を継ぐ。

「下界では月日の流れは聖地の何倍も早い。だから、この前の私の誕生日から
 すでに一年が経過しているのだ。今日は“特別”なのだぞ」
「………!」
「特別な日は、大抵のことは許されるものだ。
 前回は素晴らしい贈り物をもらったからな、今度は軽くで良い。そう……共に名月を見て過ごす、とか、な」

あっけにとられていたも、その一言でぷっと吹き出し、瞳に涙を浮かべながらうなずいた。

「……はい。クラヴィス様」

次はどういう言い訳を考えるのだろうと、心の中で思いながら。

FIN.

あとがき