「……そういえば、結局医者には行けなかったな」
明るくなった部屋で改めて少女と顔を合わせた照れくささをごまかすように、ヴィクトールはあさっての方を向いて呟いた。
「今日は遅くなって悪かった。明日の朝一番に行こう」
「いいの、別に急がなくても」
ぷるぷると首を振って、アンジェリークは彼の袖を掴む。
「いいわけないだろう? あまり世話をやかせるな」
「だっていいんだもん。“子供”が二人になるだけだし」
さりげなく発せられた言葉は、一瞬でヴィクトールの頭を空白にした。
「……………………」
あんぐり、と開けられた口からはぐうの音も出ない。
たっぷり5分間の沈黙の後、アンジェリークはたまりかねて声を高めた。
「もーっ、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか!『子供が子供を育てられるのか』とかいったら承知しませんからねっ!」
その言葉でやっと自失から開放されたヴィクトールは、つばを飲み込むと、勢いこんで少女の方へ身を乗り出した。
「こ、子供!?子供…子供、……本当かアンジェリーク!
いつわかった、いつ産まれる!?男か女か、ああそんな事はまだわからんな、確かに」
自分では冷静なつもりなのだろうが、完全に独りでつっ走っている姿が妙におかしくて、アンジェリークはくすくす笑いながら答えた。
「ごめんなさい、違ってたら困るから内緒でお医者さまに診てもらったの。
性別が決まるのは3ヶ月目くらいなんだって。今は……えと、2ヶ月ちょっとだから。まだ男の子か女の子かはわかんない。
そ、それに、産まれるまで楽しみにしてたほうがいいじゃない?ね?」
不自然に饒舌な少女の意図には気付かず、ヴィクトールはうんうんと頷く。
「そうか。そうだな。しかし、具合が悪くなったのはそのせいなのか?
女性ってのは子供ができると体調を崩すと聞いたことがあるが」
乏しい知識を懸命にひもといて、気遣わしそうに頭を撫でる。
少女は嬉しそうにその手を抱えた。
「うん! 原因がわかったらあんまり辛くなくなっちゃった。
……でも、よかった。喜んでくれて」
そう言って、アンジェリークはふわりと微笑んだ。
このあと、守護聖の間で密かに様々な憶測が流れることになるのだが、彼は結局何も気付かないままであった。
FIN.
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