あたまがぼーっとする……
アンジェリークは本当にぼんやりした頭で考えながら、ベッドから見える窓の外をながめていた。
幸い、というか何というか、身体的な後遺症はそれほど彼女を苦しめはしなかった。問題は精神の方である。
なにしろ、今時の女子高生と言うには余りにも乏しい知識しか持ち合わせていないのだ。断片的に覚えている記憶を省みて火を噴く思いがする。
大体、どうしてあんな恥ずかしい格好をしなければならないのだろう。顔を見られながらでないとダメなんだろう。
顔の火照りをなだめるために思考を巡らせてみるのだが、このテーマで考える限り意味がないことに気付いていないアンジェリークだった。
(ちなみに、彼女の疑問はいつか「顔を見られないようにはできないのかなぁ、恥ずかしいんだもん」という無邪気な独語になって、彼を硬直させる事となる)
どんなカオして会えばいいんだろう、と困っている少女と同じように、ヴィクトールは階下の食堂で途方に暮れていた。
こちらの問題は更に複雑である。いくら女王に許しを得たとはいえ、即位の儀が行われていたのはついさっきなのだ。
守護聖や他の教官は、まだアンジェリークと彼が結婚することを聞いてないだろう。それどころか、彼らがお咎めなしで聖地に留まることさえ知らないに違いない。
ヴィクトールは机に突っ伏して頭を抱えた。
立場的なものは抜きにしてもだ。あいつはまだ17才なんだぞ。
出逢ってたった何ヵ月かのこんなおっさんに操を奪われて、いいわけがない……といまさら考えるのが彼である。
だいたい、俺は結婚しても手を出さないつもりでいたんだ。
あいつは内気で幼いから、そういうことには耐えられんと思って……なのに、どうして俺の方が狼狽せにゃならんのだ!?
実際、理性を取り戻してはじめて真面に目をあわせた時、どっと汗を吹いたのはヴィクトールの方だった。
アンジェリークは半分放心状態だったが、飲み物を持ってくるからと逃げるように部屋を出た彼に頷いたところを見ると、意識はあるらしい。
性格、反応、状況。すべてから言って、少女が初めてであったことは間違いなかった。それなのに年相応には経験のある自分がうろたえてしまったのは、やはり罪の意識なのだろうか。
ヴィクトールのアンジェリークへの想いは、もちろん偽りではない。しかしそこに至った気持ちは本物でも、行った行為は完全になりゆきであった。
ようするに彼は、自分の感情ひとつ抑えることができなかったのだ。
まるで未熟な若輩者だ、と彼が自嘲したそのとき、突然ドアが開かれる音がした。
「……あれ。どうしたんです、こんな所で」
咄嗟に表情を選びかけた彼は、そこに自分と同じ肩書きの二人を見てほっと息をついた。
「戻られていたんですか。……女王陛下はなんと?」
遠慮がちに訊ねたのは、年若い少年である。
ヴィクトールはああ、と応え、ことの次第を簡単に説明した。
「……とにかく、皆の努力を無にしてしまったことは申し訳なく思っている。
だがどうしても、あいつをこの手で倖せにしたいんだ。許してほしい」
頭を下げられて、少年はあわてて首を振った。
「そ、そんな、とんでもない! 僕はむしろお祝いします、ヴィクトールさん。
お倖せになってください」
「ありがとう」
にこりと笑った目が、傍らで無言の青年に向けられる。
青年はうざったそうに髪を掻き上げながら呟いた。
「今さら僕が文句を言っても、どうなるわけでもないでしょう。
一人の非難で揺らぐような気持ちで、あんな大胆なことができるとは思えないし」
思い出してくすくす笑う彼に、ヴィクトールは重ねて言った。
「アンジェリークを、かならず倖せにする。誓ってもいい」
「…………」
その真剣さに少し意外げな顔をしたセイランは、やがて意味ありげな笑顔を浮かべてヴィクトールに歩み寄った。
「それを忘れないでほしいですね。僕はこの数ヵ月を『無駄にした』つもりはまったくありませんから」
「すまん」
「……それと」
ちらと少年をうかがって、オーバーに声を低める。
「時機は、考えたほうがいいですよ。場所もね」
「!!?」
珍しく反応の速い彼に目を細め、セイランは佳麗に微笑ってみせた。
FIN.
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