MANA's ROOM〜トップへ戻る
Total    Today    Yesterday   拍手メールサイトマップ
更新記録リンク掲示板日記
ときメモGS別館 アンジェ・遙時別館 ジブリ別館 ごちゃまぜ別館
 
 

  LOVE SONGs 1 

………がーん。

そんな擬音を太いゴシック文字で背負って、青年は部屋に立ち尽くしていた。

なぜ、こんなものを見てしまったのだろう。そんな思いがぐるぐると回りだす。
彼はもう一度、それに目を落とした。


事の発端は、彼がアンジェリークへのバースディプレゼントを探しに行こうとしたことだった。
すでにリサーチをはじめて何週間にもなるのだが、あれこれ迷ってなかなか決まらない。結果、何度もあちこちの店に足を運ぶことになる。
この日もこっそり家を出ようとして、彼はカードを少女に渡したままであることに気づいた。
そして、ちょうどテーブルの上にあった彼女のパスケースをのぞいてそれを見つけたとき、同時に息のつまるような物を見てしまったのだ。
少し写りの悪い、インスタントカメラの写真。その中で、アンジェリークは自分とそう年の変わらなそうな青年と嬉しそうに見つめあっていた。

これは……どういうこと、なんやろ。
思わずいろいろ考えかけて、彼はあわてて首を振った。

「な、なに考えとんや!あかんあかん、アンジェリークを疑うなんていくら俺でも許さへんで。
 こんな写真一枚で、なんにも分からへんのやから」

そういいつつも、視線が写真から離れない。
いかにも頭の良さそうな、落ちついた感じの青年。おだやかで優しい瞳が、木漏れ日の逆光の中でも少女に向けて微笑んでいるのが分かる。
そして、彼に寄り添うように立つ少女は、自分の傍にいるどんなときよりもリラックスして甘えているように見えた。

「せ、せや、アンジェがこないに気ィ許しとるってことは、兄キか親戚の奴か、そんなもん………」

台詞半ばで、彼はとうとう言葉をなくした。
写真の日付が、ほんの1週間前であることを発見したのである。

 

◇     ◇     ◇

 

以来、それはいつまでも青年の頭から離れてはくれなかった。
自分が見てしまったことを知らない少女は、いつもと全く変わらない。
いや、正確には青年の態度に微妙な変化を感じて首を傾げている状態だった。

はっきりとはしないのだが、ちょっとしたことがいつもと違う。
たとえば例のごとく仕事中、青年がじゃれついてきてリゾート開発部の建設しているレジャーランドへ行こうと言い出したとき。
施設が完成したらね、と受け流した少女に、彼はさらに何か言いかけて口を閉じ、少し焦り気味に言葉を継いだ。

「せ、せやな。仕事を先にやらんとなあ」
「………?」

ふと、アンジェリークは彼を見た。
今までのパターンならこの後もうひと押しあって、結局次の休みにでも行くことになるのだが、そのときの彼はそれ以上無理を言おうとはしなかった。

「どうかしたんですか?」

問いかけても、青年は否定するばかり。

「いやいや、なんもないで。……せやけど、遊園地なんて子供っぽいかな。
 アンジェもちっちゃいころ、家族とかで行き飽きてるんやないんか?」

不器用な詮索に気づかず、少女はなつかしそうに目を細めた。

「ううん、うちはそういうにぎやかな家じゃなかったから。
 子供は私一人だし、遊び相手がいなくて……いつも本ばかり読んでた」

それがどれほど青年を暗くさせるかなど知る由もない。

「へ…え、それじゃ、俺がうるさくしとんのってうっとおしいわ……な」

いつもの軽い調子を(なんとか)保ったその台詞に、アンジェリークはいたずらっぽく答えを返した。

「そうね。今までの人生で一番にぎやかかな」
「そ、か、やっぱりなあ!……あ。午後のアポに遅れるさかい、また後でな」

ポーカーフェイスで笑うには、人生で最大の努力が必要だった。



どうしても、忘れることができない。
青年は社長室を出たとたん、頭を抱えてため息をついた。
彼の知っているところでは、少女が会社を出て直接家へ帰ることがある、ということは確か。
しかし青年よりも遅くなることはなかったし、青年の帰宅時には必ず玄関へ出て笑顔を見せてくれた。そしてなにより、少女自身が直帰することを少しも隠そうとはしなかった。
だから、どこへ行くのかなんて詮索をするつもりはなかったし、その必要もなかったのだいままでは。

だが、その質問を自分はするべきなのだろうか?
彼女を疑いたくはないが、疑わないというのはつまり、自分が一番愛されているという自信を持つことである。
自信はない……こともない。アンジェリークは、宇宙の女王や補佐官よりもただの物売りであった自分を選んでくれた。
他の何者でもないひとりの人間として、自分だけを愛してくれた。
多くの期待を裏切り、責められても、彼女は少しも動じず毅然と顔を上げていた。まるでそれが当然であるかのように。

その記憶が、自分が“不敵な自信家”でいられる源であることを彼は理解し、そしてそれを何よりの誇りとしたのだ。
自分に本当の自信と誇りを与えてくれた少女が、どうしたら倖せでいられるだろう。彼の判断基準はもっぱらそれのみだったのだが、少女の答えは至って簡潔だった。

『大好きなあなたの傍にいられることが、私の一番の倖せよ』


「………て、ことはや。万が一俺を好きでなくなったら、俺の傍にいることは倖せやないっちゅー……こと、か?」

思わず呟いて、青年はその言葉の意味に愕然とした。
もしかしたら、アンジェリークは倖せではないのかもしれない。その仮定は彼にとって、なにより許しがたい事だった。

戻る 進む