二人が去ったあと、若いシェフが片づけをしながら。
「はー、それにしても大事なくてよかったな。
指でも切っててみろ、確実に俺たちの首が飛んでたぜ」
「旦那様は他のことには寛大なお方だが、ことアンジェリーク様に関しては容赦がないからな。
……本当に会社くらい潰しそうだよ」
「俺、旦那様がアンジェリーク様にだだこねてるところ見た。『会社なんてさぼって遊びに行こう』って」
「で?」
「アンジェリーク様にまとわりついて、挙げ句の果てに叱られてた。『もう口聞きませんよ』て」
「……………」
「……………」
「昔は……誰にも弱みを見せない方だったのにな。
ふざけててもなんか計算ずくってカンジで、あんな風に我を忘れたりしなかったのに」
「ああ。失敗とかしても笑ってるんだけど、目が笑ってねーの。
場の雰囲気を思い通りに動かしてのし上がってきたんだぜ、きっと」
一人が思いついたように、急に心配げに言う。
「会社、危なくならないかな」
「仕事がアンジェリーク様と一緒な以上、失礼なやつとかいたらその場でキレそうだよな。どんな大口の取引でも」
「俺らも考えた方がいいかなあ、就職先」
「……………」
「……………」
「……夕食の用意でもするか。なんか考えろよ」
「それより、アンジェリーク様のサラダをチェックしないと。
どうせ食べるって言い出すんだから、ドレッシングだけでも直しとけよ。
さっきすごい量の塩入れてたぜ?」
「まあったく、仕事はすげーできんのにどっかヌケてるよな、あの二人」
そこへ通りがかった女中が微笑みながら口をはさむ。
「それでいいんですよ。昔のままのだんな様だったら、あなたたちもそこまでしなかったでしょう?
いちばん大事なものが明確に決まってる方は、そう簡単に負けたりしないものですよ」
立ち去る女中を見ながら、異口同音に
「……そうかもな」
おわり。
なんだかんだいって使用人に愛されてるんですね、商人さん。
もどる
|