「……おそらく私の進言によって、女王は決定しました。
私の研究の目的だった、宇宙をより善いものにするためには、私は貴女を補佐官として新宇宙へ送らねばなりません。
ですが……ですが私は、すべてを投げ出してもよいと思える存在に出逢ってしまったのです。
どうか私と共に…生きてはいただけませんか?」
「……なによ……」
かすれた声が、エルンストの耳に届いた。
「なによ、ワタシなんか眼中に無いってカオしてたくせに。
8年間、研究以外じゃちっともかまってくれなかったくせに!
ワタシが好きなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったのよぉっ!!」
エルンストのばかっ、と叫んで、レイチェルは本格的に泣きじゃくり始めた。
自分も初めから彼を好きだったこと。限りなく形式的な扱いに悔しい思いをしながらも、論議をたたかわせるだけで嬉しかったこと。彼がアンジェリークを支持したとオスカーに聞かされ、アンジェリークと彼が愛し合っているのだと思った時の、衝撃、悲しみ、そして嫉妬。
それらを一気にぶちまけたレイチェルを、エルンストは困ったように見つめ、そして耳元で囁いた。
「それは……私の申し出を受け入れて下さる、ということですか?」
「! そっ、そんなんじゃ……!」
意地を張りかけて、はっと口をつぐむ。
潤んだ瞳を伏せる仕草がいつになく年相応に思えて、エルンストの腕に力がこもった。
彼女はしばらく沈黙した末、その腕の中で彼の服を握りしめて言った。
「ワタシは…天才なんだから。
宇宙生成学の研究においては、一生ワタシが上なんだからね!」
それが求愛に対する肯定の返答であることに、エルンストはしばらく気付けなかった。
「……では、補佐官の件は……」
信じられないものを確認するような口調にいたずらっぽく笑い、レイチェルはいつもの彼女に戻った。
「補佐官になって全てを平等に気遣うより、好きなことだけ考えてる方がいい。
アンジェリークだってきっと分かってくれるよ。それに……」
「それに?」
「アンジェリークが即位するかどうかはあやしーと思うし」
いきなりの言葉に、エルンストは目を丸くして体を離した。
「何故ですか!?彼女は、貴女と常に拮抗するほどの才幹をお持ちです。
新宇宙を統治するのに何ら支障は……」
「女王になりたいと思うならね。けど あのコはフツーの女の子だから、好きな人のために生きるっていうのがワタシより似合うみたい」
あくまで力量にこだわる彼を、あっさりと論破する。
それにしても、とレイチェルは言葉を続けた。
「あのコの相手って、結局誰だったのかなぁ。協力者ってことは教官じゃないワケよね。……ね、昨日今日アンジェに会った?」
「いえ…しかし、メルさんはサラ様に会われるため次元回廊を通られましたよ。
陛下の特別のお計らいなのですが」
「……て、ことは……」
一瞬考えてから、レイチェルはぷっと吹き出した。
アンジェリークが愛する者の名と、そして彼らが結ばれたことを理解して。
即位式が行われるなら、功労者としてメルが参列しないはずがない。彼女がそれを許されたということは、きっと女王はなにもかも知っているのだ。
知っていて見守ってくれているに違いない、自分やアンジェリークの選択を。
くすくす、と笑い続けながら、レイチェルは何故か切なさを感じていた。
即位して日の浅いという、自分とさほど変わらないような現女王。彼女も、候補時代に同じ思いをしたのだろうか。
誰かを想って眠れない夜を過ごし、女王とその人との間で揺れたのだろうか。
彼女は女王の座を選び、自分たちは愛する者を選んだ。
しかし、自らが手に出来なかった望みを選択した自分たちを、女王は見守り、許し、励ましてくれている。
「……ワタシ、今初めて女王陛下のホントの偉大さが分かった気がする」
「は?」
わけの判らないふうのエルンストの肩を掴んで、レイチェルはぐい、と彼を引き寄せた。
「〜〜☆☆☆〜〜!!!!」
エルンストの顔がみるみるうちに赤くなる。どっと汗を吹き出す彼に抱きつき、レイチェルは満面の笑みを浮かべた。
「ワタシを選んだコトを、いつか後悔させてあげるからね!」
それが彼女の最大の愛情表現であることを、知らない彼ではありえなかった。
FIN.
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