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  My Only Little Princess 1 

初めて、あの子に出逢った日。
少女は木陰で泣いていた。
何か恐いことでもあったのかと、そう言おうとしたが、言葉は声にならなかった。

彼女の背中に、輝く黄金の翼が見えたから。
美しい光が彼女を包み、いたわるように、慰めるようにゆれていたから。

彼女は、自分などには計り知れない大きな存在なのだと。
そう理解した瞬間だった。

 

◇     ◇     ◇

 

「この資料はマザーコンピュータに入力してくれ。ジュリアス様への報告書用だから間違いのないように。
 育成対象のデータはどうした?」

それが、と口を濁す部下を見て、エルンストは眉根をひそめた。

「……またか。何故こうも時間にルーズなのだ、確かに占術の腕前においては完璧だが……」

ルーズと言っても、未だ定刻より十数分と経ってはいない。
分刻みで行動する彼にとっては多大な時間かもしれないが、同じ研究院で働く部下から見てもそれは過ぎた言い様だった。

「いや、いい。私が行く」

部下の申し出を断って、エルンストは席を立った。



「……失礼、本日分の育成対象のデータは……っと。
 これはオスカー様、失礼致しました」

占いの館の入り口をくぐった彼は、談笑していた中の二人を見て頭を下げた。
それが会話に割り込んだ非礼を詫びたものかそれとも別の理由なのかは、傍目には判らなかったが。

「よう、ここで会うとは思わなかったな」

炎のような髪を掻き上げて、女性を魅了してやまないという瞳を彼に移す。

「お堅い主任研究員が、恋を司るお嬢ちゃんに何用かな?」
「………………。(“お嬢ちゃん”……??)」

見ると、少し困った顔でこっちを向く目がある。一瞬忠告したい衝動に駆られたが、しかし、エルンストは質問されたことに答えた。

「育成対象と候補の親密度データが定刻に届かなかったもので」

とたんにしまったという表情を浮かべ、メルは机上の水晶玉を引き寄せた。

「ご、ごめんなさいっ! いま、今すぐ占いますから待っててくださいっ」

一心に透明な球体を見つめはじめるメルをかばうように、オスカーが言葉を継ぐ。

「あまりいじめないでやってくれ。遅れたのは俺が話し込んでいたからなんだ、お嬢ちゃんは悪くない」
「……別段苛めているつもりはありませんが、同様のことがかなり頻繁に起こるので少し注意を促したかったのです」

あくまでも事務的な態度を崩さない彼に上司の姿を思い出して、オスカーは唇の端で笑った。

「やれやれ、いつ会っても真面目な奴だ。
 せっかく占いの館へ来たんだから、ついでにまじないや占いを頼んでいこうとは思わないのか?」
「思いません。今の所、自分の研究以外に興味はございませんので」

せいぜい口調だけは丁寧に答える。
御自分がどんな趣味を持っていても自由だが、他人にそれを押しつける癖は困ったものだ。そう思ってメルの方に目を向けたとき、

「……気になる女性はいないのか」

軽口に含まれた微妙な成分に気付き、エルンストは振り向いた。
いつもと変わらない不敵な表情、しかし瞳だけは笑ってはいない。
アイスブルーの光が自分の中の何かを暴いてしまいそうな気がして、エルンストは息苦しさを覚えた。

「………おりません。少なくとも研究より大事だと思える女性はいません」

やっとそう答えると、オスカーは瞳の真剣さを消して頷いた。

「そう言うと思ったぜ。……ところでその研究についてだが、あのお嬢ちゃんたちの育成は順調なのか?」

返答に窮しないことを問われてほっとし、眼鏡を指で押し上げる。

「ええ。新宇宙が誕生してからかなりの日数がたちます。二人とも初めは手間取っていたようですが、最近ではたくみに望みを調整して自らの意志を反映させるまでになりました。
 アンジェリークもレイチェルも、さすがに女王候補に選ばれるだけのことはあります。どちらが女王になるにしても、この分では僅差で終わることになりそうですね」

簡単に状況を説明する。それを予想していたオスカーは、少し声をひそめて問うた。

「……おまえの直感と独断で構わないのだが、いまのところ女王に決定しそうなのはどっちだ?」

ぴくり、と眉を動かして、エルンストの目が厳しさを増す。

「この時点で決定的なデータは……」
「だから裏付けはいらないと言っている。おまえはどちらが女王に相応しいと思うんだ?」
「……………」
「レイチェルか、それとも……アンジェリークか」
「………………現時点では、……アンジェリークが即位する可能性の方が大きいと、思われます」

厳しい顔のまま言うと、呼応してオスカーが目を細めた。

「……ほう」

考え込む彼を横目に、ようやくできあがったデータ表を受け取って、エルンストは足早に立ち去っていった。


心の奥底に根付く、あの日の少女の姿。
分かっている、誰よりもよく知っているのだ。彼女こそ女王にふさわしく、即位すれば最大の偉功をもたらすだろう。誰もが、より善き未来を約束される。
だが、その中に自分は含まれているのだろうか……そして彼女自身は?


答えはいつか自分が身をもって知るだろう、と、エルンストは口中で呟いた。

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