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  追憶の彼方に 1 

青年は、最初から少女を見初めていたわけではなかった。

「…今の私には、試験などどうでも良いのだ。いや、なければ良いとさえ思う」

女王に仕える守護聖の首席として、少し前ならそんなふうに考えることを夢にも思わなかっただろう。

「笑ってくれてもいい。……実際自分でも笑いたい程だからな。
 だが、私の誇りの全てを投げうってでもお前を離したくはないのだ」

苦しげな自嘲の色が、さらに濃くなる。それを言うことは、今までの自分の価値観を否定することだと気付かない彼ではなかった。
しかし、その苦悩の表情を振り切った瞬間、青年はいつもの冷静な顔でそれを告げた。

「アンジェリーク。世界の女王ではなく、私一人の女王になってくれ。
 私は、お前を、……愛しているのだ」

今まで静かに聴いていた少女が、そのとき初めて身じろぎした。
そして、促すような視線の前で、しばらくじっとたたずんでいた。

「……それで、いいのですか、あなたは」
「なに?」

やがて発せられた言葉は、しかし青年の期待を正負どちらにも裏切るものであった。
いぶかしげな彼を、少女はまっすぐに見つめた。

「このことを、誰か他の方にご相談なさいましたか?」
「馬鹿な…。人に話すようなことではないし、それに話すに値する者など……」
「私は女王候補で、あなたは守護聖でいらっしゃいます。
 そのあなたが、他の方に何の断わりもなく、女王選出という重要な試験を徒労に終わらせて……後悔なさいませんか」

青年は、あからさまに狼狽した。
わかってはいるつもりだった、自分の行為が皆の努力を無に帰するのだということが。守護聖としての責任、女王への忠誠、それらを反故にすると知っていて尚、少女への愛を選んだ彼だったのだから。
だが少女の反応は、心を決めていたはずの青年をも揺り動かした。

「女王になりたい訳ではありません。ただ、あなたは長い時を守護聖として生きていらした…それ故に不安なのです」
「私が……、私の想いが完全ではないというのか。だから私を愛せないと?」

少女は黙ってかぶりを振った。
彼はもう言葉を選んではいられなかった。

「愛しているのだ、アンジェリーク。お前のためなら守護聖である私など捨てよう。どうか私の傍にいると言ってくれ!」

少女の手を握り締めたその姿は、いつもの彼なら眉をしかめて非難したであろう『懇願』であった。

「……私、ジュリアス様のこと好きです」

青年は弾かれたように顔を上げた。

「でも、私は女王候補なのですし、よく考えてからお返事します……
 明日、この森の湖で

一瞬、青年は何かを思案するような表情を見せたが、すぐに頷いて自室へと戻っていった。

 

◇     ◇     ◇

 

……その夜、青年は夢を見た。

金の髪の少女に、求婚の言葉を告げる。
少女は言う、『よく考えてからお返事します』『明日、この森の湖で』
そしてそこには、少女を心待ちにしている自分がいた。
彼女は何と答えるだろう。求愛に、応えてくれるだろうか。
女王候補と、守護聖の恋
簡単に許されるべきでないことはわかる。わかっているのだ。
彼女が、誰よりも女王に相応しいことも……。

「アンジェリーク?」

不意に聞こえた足音に、彼は湖面から瞳を離して振り向いた。

「……アンジェリークはここへは来ない」
「!?」

そこにいたのは、厳しい表情と鋭い目をした自分だった。

『どうかあの人に伝えてください!
 私は女王陛下の急なお召しで約束の時間には行けませんが、待っていてくださいって!』

もう一人の自分と少女のそんな会話を知る由もない彼は、ぎくりと体をこわばらせた。

何故、おまえがここにいる?

「お前がこんな風に女王候補と会っていたとはな……」

何故、彼女は来ない?

「守護聖たる者が、女王候補と個人的な約束をしてどうする?
 見るべきものから目をそらして…無関心を決め込むのはやめろ!」

それが…彼女の答えか……。

重苦しい絶望と失意がのしかかり、彼の心を轢き潰していく。
それは、彼の原罪。
まだ若く、自らの覇気を抑制するすべの無い自分が、金の髪の女王候補を愛してしまった彼を弾劾する。
無気力でも無関心でもない。目を逸らすどころか、守護聖であることをいちばん意識しているのは他ならぬ彼であった。
……しかし、目の前で激昂する自分がそれを理解することはない。
理解させたところで、彼女が来ないという事実が覆えるわけでもない。

「女王を支え宇宙の秩序を守る、それが我ら守護聖の役目のはずだ!!
 我らは女王の両翼を支えるべき光と

彼にはもう、何もかもがどうでもよくなっていた。大義名分ばかりを呼号する自分への激情以外は。
抑えつけられていた憤りが、即発の糸口を見つけた。

「……おまえには判らない。私は決しておまえのようにはならない!
 女王の忠実なる守護聖しもべ、ジュリアス!」

憎しみをこめてそう叫んだ瞬間、彼は過去の幻影から弾き出されて目を覚ました。

すでに夜は明けていた。

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