「窓からパイプづたいにはしごへ行こうとする千。走り出すと、パイプが外れて崩れていく。」 千 わっ、わっ、わっ、わあっっ!! 「かろうじてはしごに飛びつく千。はしごを登り出す。」 千 はぁっ、はぁっ……あっ!湯婆婆! うっ、くっ……くっ!くっ…あぁっ! 「窓を押し開けようとする千。式神がカギを外して中に落ちる。坊の部屋へ。」 湯婆婆 全くなんてことだろねぇ。 千 ! 湯婆婆 そいつの正体はカオナシだよ。そう、カ オ ナ シ! 欲にかられてとんでもない客を引き入れたもんだよ。あたしが行くまでよけいなことをすんじゃないよ! …あぁあ〜、敷物を汚しちまって。おまえたち、ハクを片づけな! 千 はっ! 湯婆婆 もうその子は使いもんにならないよ! 千 あっ……あ、あ、あ…… 「クッションの中に隠れる千。湯婆婆が来てクッションを探る。」 湯婆婆 ばぁ〜。 坊 んんーー、ああー……ああーー…… 湯婆婆 もぅ坊はまたベッドで寝ないで〜。 坊 あ…あああーーーん、ああーん…… 湯婆婆 あぁああごめんごめん、いい子でおねんねしてたのにねぇ。ばぁばはまだお仕事があるの。 (ブチュ) いいこでおねんねしててねぇ〜。 千 ……あっ!…ぅう痛い離してっ!あっ、助けてくれてありがとう、私急いで行かなくちゃならないの、離してくれる? 坊 おまえ病気うつしにきたんだな。 千 えっ? 坊 おんもにはわるいばいきんしかいないんだぞ。 千 私、人間よ。この世界じゃちょっと珍しいかもしれないけど。 坊 おんもは体にわるいんだぞ。ここにいて坊とおあそびしろ。 千 あなた病気なの? 坊 おんもにいくと病気になるからここにいるんだ。 千 こんなとこにいた方が病気になるよ!……あのね、私のとても大切な人が大けがしてるの。だからすぐいかなきゃならないの。お願い、手を離して! 坊 いったらないちゃうぞ。坊がないたらすぐばぁばがきておまえなんかころしちゃうぞ。こんな手すぐおっちゃうぞ。 千 うぅ痛い痛い!……ね、あとで戻ってきて遊んであげるから。 坊 ダメ今あそぶの! 千 うぅっ……… 坊 ……あ? 千 血!わかる?!血!! 坊 ……うわぁあーーああぁあぁあーーーー!!!! 千 あっ!ハクーーーー! 何すんの、あっち行って!しっしっ!ハク、ハクね!?しっかりして! 静かにして!ハク!?……あっ! 「湯バードにたかられる千。その隙に頭たちがハクを落とそうとする。」 千 あっ、わっ……あっち行って! あっ!だめっ!! 「部屋から坊が出てくる。」 坊 んんっ……んんんっ…… 血なんかへいきだぞ。あそばないとないちゃうぞ。 千 待って、ね、いい子だから! 坊 坊とあそばないとないちゃうぞ……ぅええ〜〜…… 千 お願い、待って! 式神 ……うるさいねぇ。静かにしておくれ。 坊 ぇえ……? 式神 あんたはちょっと太り過ぎね。 「床から銭婆が現われる。」 銭婆 やっぱりちょっと透けるわねえ。 坊 ばぁば……? 銭婆 やれやれ。お母さんとあたしの区別もつかないのかい。 「魔法でねずみにされる坊。」 銭婆 その方が少しは動きやすいだろ? さぁてと……おまえたちは何がいいかな? 「湯バードはハエドリに、頭は坊にされる。」 千 あっ…… 銭婆 ふふふふふふ、このことはナイショだよ。誰かに喋るとおまえの口が裂けるからね。 千 あなたは誰? 銭婆 湯婆婆の双子の姉さ。おまえさんのおかげでここを見物できて面白かったよ。さぁその竜を渡しな。 千 ハクをどうするの?ひどいケガなの。 銭婆 そいつは妹の手先のどろぼう竜だよ。私の所から大事なハンコを盗みだした。 千 ハクがそんなことしっこない!優しい人だもん! 銭婆 竜はみんな優しいよ…優しくて愚かだ。魔法の力を手に入れようとして妹の弟子になるなんてね。 この若者は欲深な妹のいいなりだ。さぁ、そこをどきな。どのみちこの竜はもう助からないよ。ハンコには守りの呪い(まじない)が掛けてあるからね、盗んだものは死ぬようにと…… 千 ……いや!だめ! 「坊になった頭が坊ネズミとハエドリを虐めている。」 銭婆 なんだろね、この連中は。これおやめ、部屋にお戻りな。 白竜 グゥ…! 「隙をついて竜の尾が式神を引き裂く。」 銭婆 !……あぁら油断したねぇ〜…… 「反動で落ちる竜と千、坊ネズミ、ハエドリ。」 千 ハク、あ、きゃああーーーっ!! ハクーーーっ!! 「落ちていく中で水の幻影が浮かぶ。」 「力を振り絞って横穴に入る竜。換気扇を破ってボイラー室に出る。」 釜爺 なっ……わあっ!! 千 ハク! 釜爺 なにごとじゃい!ああっ、待ちなさい! 千 ハクっ!苦しいの!? 釜爺 こりゃあ、いかん! 千 ハクしっかり!どうしよう、ハクが死んじゃう! 釜爺 体の中で何かが命を食い荒らしとる。 千 体の中?! 釜爺 強い魔法だ、わしにゃあどうにもならん…… 千 ハク、これ河の神様がくれたお団子。効くかもしれない、食べて! ハク、口を開けて!ハクお願い、食べて!……ほら、平気だよ。 釜爺 そりゃあ、苦団子か? 千 あけてぇっ…いい子だから……大丈夫。飲み込んで! 白竜 グォウッ、グオッ……! 釜爺 出たっ、コイツだ! 千 あっ! ハンコ! 釜爺 逃げた!あっちあっち、あっち! 千 あっ、あっ!あぁあああっ、ああああっ! (ベチャッ!) 釜爺 えーんがちょ、せい!えーんがちょ!! 切った! 千 おじさんこれ、湯婆婆のおねえさんのハンコなの! 釜爺 銭婆の?…魔女の契約印か!そりゃあまた、えらいものを…… 千 ああっ、やっぱりハクだ!おじさん、ハクよ! 釜爺 おお……お…… 千 ハク!ハク、ハクーっ! おじさん、ハク息してない! 釜爺 まだしとるがな。……魔法の傷は油断できんが。 釜爺 ……これで少しは落ち着くといいんじゃが…… ハクはな、千と同じように突然ここにやってきてな。魔法使いになりたいと言いおった。 ワシは反対したんだ、魔女の弟子なんぞろくな事がないってな。聞かないんだよ。もう帰るところはないと、とうとう湯婆婆の弟子になっちまった。 そのうちどんどん顔色が悪くなるし、目つきばかりきつくなってな…… 千 釜爺さん、私これ、湯婆婆のおねえさんに返してくる。 返して、謝って、ハクを助けてくれるよう頼んでみる。お姉さんのいるところを教えて。 釜爺 銭婆の所へか?あの魔女は怖えーぞ。 千 お願い。ハクは私を助けてくれたの。 わたし、ハクを助けたい。 釜爺 うーん……行くにはなぁ、行けるだろうが、帰りがなぁ……。待ちなさい。 たしか……どこに入れたか…… 千 みんな、私の靴と服、お願いね。 リン 千!ずいぶんさがしたんだぞ! 千 リンさん。 リン ハクじゃん。……なんかあったのかここ。なんだそいつら? 千 新しい友達なの。ねっ。 リン 湯婆婆がカンカンになっておまえのこと探してるぞ。 千 えっ? リン 気前がいいと思ってた客がカオナシって化けもんだったんだよ。湯婆婆は千が引き入れたって言うんだ。 千 あっ……そうかもしれない。 リン ええっ!ほんとかよ! 千 だって、お客さんだと思ったから。 リン どうすんだよ、あいつもう三人も呑んじゃったんだぞ。 釜爺 あったこれだ!千あったぞ! リン じいさん今忙しいんだよ。 釜爺 これが使える。 リン 電車の切符じゃん、どこで手に入れたんだこんなの。 釜爺 四十年前の使い残りじゃ。いいか、電車で六つ目の沼の底という駅だ。 千 沼の底? 釜爺 とにかく六つ目だ。 千 六つ目ね。 釜爺 間違えるなよ。昔は戻りの電車があったんだが、近頃は行きっぱなしだ。 それでも行くか千? 千 うん、帰りは線路を歩いてくるからいい。 リン 湯婆婆はどうすんだよ? 千 これから行く。 ハク、きっと戻ってくるから、死んじゃだめだよ。 リン ……何がどうしたの? 釜爺 わからんか。愛だ、愛。 湯女 きゃああぁーーっ!ま、ますます大きくなってるよ! 湯女 いやだ、あたい食われたくない! 湯女 来たよ! 父役 千か、よかった、湯婆婆様ではもう抑えられんのだ。 湯婆婆 なにもそんなに暴れなくても、千は来ますよ。 カオナシ 千はどこだ。千を出せ! 父役 さ、急げ。 湯婆婆様、千です。 湯婆婆 遅い!……お客さま、千が来ましたよ。ほんのちょっとお待ち下さいね。 何をぐずぐずしてたんだい!このままじゃ大損だ、あいつをおだてて絞れるだけ金を絞りだせ……ん? 坊ネズミ チュー。 湯婆婆 なんだいその汚いネズミは。 千 えっ、あのー、ご存じないんですか? 湯婆婆 知る訳ないだろ。おーいやだ。さ、いきな!……ごゆっくり。 父役 千ひとりで大丈夫でしょうか。 湯婆婆 おまえが代わるかい? 父役 エっ? 湯婆婆 フン! カオナシ これ、食うか?うまいぞー。 金を出そうか?千の他には出してやらないことにしたんだ。 こっちへおいで。千は何がほしいんだい?言ってごらん。 千 あなたはどこから来たの?私すぐ行かなきゃならないとこがあるの。 カオナシ ウゥッ…… 千 あなたは来たところへ帰った方がいいよ。私がほしいものは、あなたにはぜったい出せない。 カオナシ グゥ…… 千 おうちはどこなの?お父さんやお母さん、いるんでしょ? カオナシ イヤダ……イヤダ……サビシイ……サビシィ…… 千 おうちがわからないの? カオナシ 千欲しい……千欲しい…… 欲しがれ。 千 私を食べる気? カオナシ それ……取れ…… 坊ネズミ チュウ!(ガブ) カオナシ ケッ…… 千 私を食べるなら、その前にこれを食べて。本当はお父さんとお母さんにあげたかったんだけど、あげるね。 カオナシ ……ウッ!グハァ……ゲホ、ゲホ…… セェン……小娘が、何を食わし……オグゥ…… 「カオナシが吐きながら千を追いかける。」 湯婆婆 みんなお退き!お客さまとて許せぬ!! カオナシ オグゥ……! 湯婆婆 あらっ!? 千 こっちだよー!こっちー! カオナシ グゥゥ…… 「逃げ回る千を追いかけるカオナシ。湯女と兄役を吐き出す。」 カオナシ グハァッ……!!……ハァッ、ハァッ……許せん…… 「外に出ると、リンが盥船を出して待っている。」 リン セーーン!こっちだー! 千 こっーちだよー! リン 呼んでどうすんだよ! カオナシ あ、あ、…… 千 あの人湯屋にいるからいけないの。あそこを出た方がいいんだよ。 リン だってどこ連れてくんだよー! 千 わかんないけど。 リン わかんないって……!……あーあついてくんぞあいつ…… カオナシ ……ごふっ! 「青蛙を吐き出すカオナシ。」 青蛙 ん? リン こっから歩け。 千 うん。 リン 駅は行けば分かるって。 千 ありがとう。 リン 必ず戻って来いよ! 千 うん! リン セーーン!おまえのことどんくさいって言ったけど、取り消すぞーー! カオナシ!千に何かしたら許さないからな! 千 あれだ! 電車が来た。くるよっ。 千 あの、沼の底までお願いします。 えっ?……あなたも乗りたいの? カオナシ あ、あ、…… 千 あの、この人もお願いします。 カオナシ あ、あ、…… 千 おいで。おとなしくしててね。 「ボイラー室で目覚めるハク。釜爺を揺り起こす。」 ハク様 おじいさん。 釜爺 ん?んん……おおハク、気が付いた。 ハク様 おじいさん、千はどこです。何があったのでしょう、教えてください。 釜爺 おまえ、なにも覚えてないのか? ハク様 ……切れ切れにしか思い出せません。闇の中で千尋が何度も私を呼びました、その声を頼りにもがいて……気が付いたらここに寝ていました。 釜爺 そうか、千尋か。あの子は千尋というのか。……いいなあ、愛の力だなあ…… 「ガウン姿で暖炉の前に座る湯婆婆。」 湯婆婆 これっぱかしの金でどう埋め合わせするのさ。千のバカがせっかくのもうけをフイにしちまって! 青蛙 で、でも、千のおかげでおれたち助かったんです。 湯婆婆 おだまり!みんな自分でまいた種じゃないか。それなのに勝手に逃げ出したんだよ。あの子は自分の親を見捨てたんだ! 親豚は食べ頃だろ、ベーコンにでもハムにでもしちまいな。 ハク様 お待ち下さい。 青蛙 ハク様! 湯婆婆 なぁんだいおまえ。生きてたのかい。 ハク様 まだ分かりませんか?大切なものがすり替わったのに…… 湯婆婆 ずいぶん生意気な口を利くね。いつからそんなに偉くなったんだい? フン…… 「真っ先に金を確かめる湯婆婆を哀れげな瞳で見るハク。」 「ふと坊に目を向け術を解くと、頭たちが逃げていく。」 湯婆婆 な……あ……あ…… 「金塊も土に代わる。」 湯婆婆 ……ああ……きぃいいいーーー坊ーーーー!!! 青蛙 土くれだ! 湯婆婆 坊ーーーーーー!!どこにいるの、坊ーーーー!!! 出てきておくれ、坊ーー!坊、坊! ……おぉのぉれぇぇええーーー!!キィイイイーー!! あぁたしの坊をどこへやったぁーーー!!! ハク様 銭婆のところです。 湯婆婆 銭婆……?……あぁ…… 湯婆婆 なるほどね。性悪女め……それであたしに勝ったつもりかい。 で!?どうすんだい!? ハク様 坊を連れ戻してきます。その代わり、千と両親を人間の世界へ戻してやってください。 湯婆婆 それでおまえはどうなるんだい!?その後あたしに八つ裂きにされてもいいんかい!?? 千 この駅でいいんだよね。……行こう。 「疲れて坊ネズミを持ち上げられないハエドリ。坊ネズミが自分で歩き出す。」 千 肩に乗っていいよ。 「坊ネズミは無視して歩き続ける。」 「一本足の電灯が跳んできて、家まで道案内をする。」 銭婆 おはいり。 千 失礼します。 銭婆 入るならさっさとお入り。 千 おいで。 銭婆 みんなよく来たね。 千 あっ、あのっ……! 銭婆 まあお座り。今お茶を入れるからね。 千 銭婆さん、これ、ハクが盗んだものです。お返しに来ました。 銭婆 おまえ、これがなんだか知ってるかい? 千 いえ。でも、とっても大事なものだって。ハクの代わりに謝りに来ました。ごめんなさい! 銭婆 ……おまえ、これを持ってて何ともなかったかい? 千 えっ? 銭婆 あれ?守りの呪い(まじない)が消えてるね。 千 ……すいません。あのハンコに付いてた変な虫、あたしが踏みつぶしちゃいました! 銭婆 踏みつぶしたぁ!?……あっはははははは。あんたその虫はね、妹が弟子を操るために竜の腹に忍び込ませた虫だよ。踏みつぶした……はっはははは…… さぁお座り。おまえはカオナシだね。おまえもお座りな。 千 あっ、あの……この人たちを元に戻してあげてください。 銭婆 おや?あんたたち魔法はとっくに切れてるだろ。戻りたかったら戻りな。 (ぷるぷる) 銭婆 あたしたち二人で一人前なのに気が合わなくてねぇ。ほら、あの人ハイカラじゃないじゃない? 魔女の双子なんてやっかいの元ね。 おまえを助けてあげたいけど、あたしにはどうすることも出来ないよ。この世界の決まりだからね。 両親のことも、ボーイフレンドの竜のことも、自分でやるしかない。 千 でも、あの、ヒントかなにかもらえませんか?ハクと私、ずっとまえに会ったことがあるみたいなんです。 銭婆 じゃ話は早いよ。一度あったことは忘れないものさ……想い出せないだけで。 ま、今夜は遅いからゆっくりしていきな。おまえたち手伝ってくれるかい? 銭婆 ほれ、がんばって。そうそう、うまいじゃないか。ほんとに助かるよ。魔法で作ったんじゃ何にもならないからねぇ。 そこをくぐらせて……そう、二回続けるんだ。 千 おばあちゃん、やっぱり帰る。……だって……こうしてる間にも、ハクが死んじゃうかもしれない。お父さんやお母さんが食べられちゃうかもしれない……。 銭婆 まぁ、もうちょっとお待ち。……さぁ、できたよ。髪留めにお使い。 千 わぁ……きれい。 銭婆 お守り。みんなで紡いだ糸を編み込んであるからね。 千 ありがとう。 銭婆 いい時に来たね。お客さんだよ、出ておくれ。 千 はい。 千 ああっ……!ハク! ハク、会いたかった……ケガは?もう大丈夫なの?よかったぁ…… 銭婆 ふふふ、グッドタイミングね。 千 おばあちゃん、ハク生きてた! 銭婆 白竜、あなたのしたことはもう咎めません。そのかわり、その子をしっかり守るんだよ。 さぁ坊やたち、お帰りの時間だよ。また遊びにおいで。 坊ネズミ ちゅう。 銭婆 おまえはここにいな。あたしの手助けをしておくれ。 カオナシ あ、あ…… 千 おばあちゃん!……ありがとう、私行くね。 銭婆 だいじょうぶ。あんたならやり遂げるよ。 千 私の本当の名前は、千尋っていうんです。 銭婆 ちひろ。いい名だね。自分の名前を大事にね。 千 はい! 銭婆 さ、お行き。 千 うん! おばあちゃん、ありがとう!さよなら! 「竜に乗って飛び立つ千。」 「記憶がフラッシュバックする。水に流れていく靴。水に落ちるだれか……。」 千 ……ハク、聞いて。お母さんから聞いたんで自分では覚えてなかったんだけど、私、小さいとき川に落ちたことがあるの。 その川はもうマンションになって、埋められちゃったんだって……。 でも、今思い出したの。その川の名は……その川はね、琥珀川。あなたの本当の名は、琥珀川…… 「瞬間、白竜から輝く鱗が剥がれ落ち、ハクの姿になっていく。」 千 ああっ! ハク様 千尋、ありがとう。私の本当の名は、ニギハヤミ コハクヌシだ。 千 ニギハヤミ……? ハク様 ニギハヤミ、コハクヌシ。 千 すごい名前。神様みたい。 ハク様 私も思いだした。千尋が私の中に落ちたときのこと。靴を拾おうとしたんだね。 千 そう。琥珀が私を浅瀬に運んでくれたのね。嬉しい…… 「朝。油屋の前で皆が待っている。」 リン 帰ってきたーー!! みんな おおっ…… 湯婆婆 坊は連れて戻ってきたんだろうね?……えっ? 坊 ばぁば! 湯婆婆 坊ーー!! ケガはなかったかい!?ひどい目にあったねぇ!……坊!あなた一人で立てるようになったの?え? ハク様 湯婆婆様、約束です!千尋と両親を人間の世界に戻してください! 湯婆婆 フン!そう簡単にはいかないよ、世の中には決まりというものがあるんだ! みんな ブー、ブー! 湯婆婆 うるさいよっ! 坊 ばぁばのケチ。もうやめなよ。 湯婆婆 へっ? 坊 とても面白かったよ、坊。 湯婆婆 へぇっ?ででででもさぁ、これは決まりなんだよ?じゃないと呪いが解けないんだよ? 坊 千を泣かしたらばぁば嫌いになっちゃうからね。 湯婆婆 そ、そんな…… 千 おばあちゃん! 湯婆婆 おばあちゃん? 千 今、そっちへ行きます。 千 掟のことはハクから聞きました。 湯婆婆 フン、いい覚悟だ。これはおまえの契約書だよ、こっちへおいで。……坊、すぐ終わるからねぇ。 千 大丈夫よ。 湯婆婆 この中からおまえのお父さんとお母さんを見つけな。 チャンスは一回だ。ピタリと当てられたらおまえたちゃ自由だよ。 千 ……?おばあちゃんだめ、ここにはお父さんもお母さんもいないもん。 湯婆婆 いない!?それがおまえの答えかい? 千 ………うん! 「ボン!と破れ消える契約書。」 湯婆婆 ヒッ!? 豚に化けた従業員たち おお当たりーー! みんな やったあ!よっしゃーーー!!! 千尋 みんなありがとう!! 湯婆婆 行きな!おまえの勝ちだ!早くいっちまいな! 千尋 お世話になりました! 湯婆婆 フン! 千尋 さよなら!ありがとう! 千尋 ハク! ハク様 行こう! 千尋 お父さんとお母さんは!? ハク様 先に行ってる! 千尋 水がない…… ハク様 私はこの先には行けない。千尋は元来た道をたどればいいんだ。でも決して振り向いちゃいけないよ、トンネルを出るまではね。 千尋 ハクは?ハクはどうするの? ハク様 私は湯婆婆と話をつけて弟子をやめる。平気さ、ほんとの名を取り戻したから。 元の世界に私も戻るよ。 千尋 またどこかで会える? ハク様 うん、きっと。 千尋 きっとよ。 ハク様 きっと。 さぁ行きな。振り向かないで。 「結んだ手が名残惜しそうに離れる。」 「門の入り口で、父と母が待っている。」 母 千尋ー。なにしてんの、はやく来なさい! 千尋 ああっ……! お母さん、お父さん! 母 だめじゃない、急にいなくなっちゃ。 父 行くよ。 千尋 お母さん、何ともないの? 母 ん?引越しのトラック、もう着いちゃってるわよ。 「振り向こうとして、とどまる千尋。」 父 千尋ー。早くおいでー。 足下気をつけな。 母 千尋、そんなにくっつかないでよ。歩きにくいわ。 父 出口だよ。……あれ? 母 なぁに? 父 すげー……あっ、中もほこりだらけだ。 母 いたずら? 父 かなあ? 母 だからやだっていったのよー…… 母 オーライオーライ、平気よ。 父 千尋、行くよー。 母 千尋!早くしなさい! 「トンネルの向こうを見つめる目を、翻す千尋の髪にあのお守りが光っていた。」 おわり 『いつも何度でも』 呼んでいる 胸のどこか奥で いつも心踊る 夢を見たい かなしみは数えきれないけれど その向こうできっと あなたに会える 繰り返すあやまちの そのたび ひとは ただ青い空の 青さを知る 果てしなく 道は続いて見えるけれど この両手は 光を抱ける さよならのときの 静かな胸 ゼロになるからだが 耳をすませる 生きている不思議 死んでいく不思議 花も風も街も みんなおなじ 呼んでいる 胸のどこか奥で いつも何度でも 夢を描こう かなしみの数を 言い尽くすより 同じくちびるで そっとうたおう 閉じていく思い出の そのなかにいつも 忘れたくない ささやきを聞く こなごなに砕かれた 鏡の上にも 新しい景色が 映される はじまりの朝の 静かな窓 ゼロになるからだ 充たされてゆけ 海の彼方には もう探さない 輝くものは いつもここに わたしのなかに 見つけられたから