1:
「…うん、じゃあ…おねがいします」
顔を真っ赤にしながら、蚊の鳴くような声で彼女が呟くと、笑顔は崩さないまま彼の瞳が見開かれた。
ぱちぱちと(わざとらしく)瞬きをするのに、彼女が不安そうな顔をする。
「え?だ、だめだった!?」
そんな有り得ないことを考える彼女にくす、と笑って。
「いえ、滅相もありません。神子様のお役に立てるのであれば望外の喜びにございます。ただ……」
「ただ?」
「今日のあなたは、とても素直でいらっしゃいます。ですからどうなさったのかと」
「……それは、いつものわたしはひねくれてるってこと?」
振り向いた表情が、途端に拗ねた色を帯びるから。
彼はますます相好を崩しながら、片手で彼女をきゅっと抱きしめて。
「いえ、どんなあなたも、あなたはあなたであるだけで素敵ですけれど。
でも、このように私に役目を与えてくださるあなたは、それだけで」
そして、彼の体温であたたまりはじめたその指に、そっとくちづけを落とした。
「奇蹟のような存在だと思うのですよ」
ギャアアアアア乙女小説書きまくってきた私でもこれは!(切腹)
2:
「も、もう!またからかって!」
ぷん、と正面をむいて、彼女は回されたままの彼の腕を胸に抱いた。
「銀はいつもそうなんだから……わたしがあわてるの、楽しんでるんでしょ」
「いえ、そんなことは。ただ、神子様がお寒いなら、あたためるのは私でありたいのです」
「うそ!だって普通なら、こんな寒い部屋でエアコンつけずに待ってたりしないよ!」
「それは……私があまり寒さを感じないせいではないでしょうか。
このような便利な機械がない場所で育ちましたせいか、冬に部屋が暖かいということに馴染みがないのです」
「え!?」
しれっとした顔でそう言うと、彼女は驚いた表情でもう一度振り返った。
「それじゃあ、銀は寒くないの?冬でも?」
「いえ……体は寒くありませんが、心が」
目を丸くした彼女もとても可愛い、と思いつつ、長い髪のひとふさを掬い上げる。
「神子様と離れているときは、心がとても寒くなります。それは機械で埋められるものではありません」
「……え」
「ですから、私をあたためることができるのは機械ではなくあなただけ。
あなたの存在だけが、私のすべてをあたたかくするのです」
髪に口づけられる感覚がますます彼女の顔を赤くし、彼女は心の中で負けを認めながら、うつむいた。
「……じゃあ、ひとつだけお願いをきいて」
「はい、なんなりと」
「わたしがいないときは、寒くなくてもエアコンをつけていて。
そうしないと、わたしの心が……寒くなるから」
不意打ちで聞かされた殺し文句に、彼は一瞬息を止めて。
それから、顔を見なくても分かるほど嬉しそうな声で、囁いた。
「あなたの御心のままに」
ウウウウこれもこれだ!なんだよ!甘いよ!
3:
「わかったからはなして〜っ!」
じたじたと、彼女は懸命にそこから抜け出そうともがいたが、半ば拘束されている身は自由にならない。
彼も解放する気はないらしく、そんな動作をほほえましく眺めながら彼女を抱きしめ、しあわせそうな息をついた。
「し、銀、もうはなして〜!」
「何故ですか?」
「だって……!」
「私のことがお嫌いですか?もう、触れて欲しくない?」
「そんなこと言ってないよ!」
今まで何度も同じ手にかかっているというのに、その答えが怒ったように真剣味を帯びるから。
彼は胸の中の小さな不安をはねのけて、微笑んだ。
「でしたらどうか、このままで」
「でも、あの、ごはんとか作らないと」
「とうに用意はできております」
「えと、その、お洗濯を」
「勿論、アイロン掛けまで終わっております」
「……あう……もしかして……おそうじも?」
彼女のかわいらしい悪あがきを、頷きで黙らせて。
「この家に足りないものは、あなたのぬくもりだけです。
どうか私に、それを確かめさせてください」
耳元で囁かれる彼の言葉に抗う術を、彼女はもう持たなかった。
結論:銀は甘いのがデフォルト
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